一番下っ端なのに早く帰るやつ
無事日本で就職の決まった私は、内心物凄く怯えていました。
日本の菓子業界なんてバリバリの縦社会で
技は見て覚えろ、口答えするな、上司のいったことはすべて正しい!
みたいな感に違いない(うん、8割事実かも)
日が昇る前から、
日が沈んだずっとあとまで働くに違いない(夏だけは定時に帰れました)
フランスでは一番下っ端でもシェフに口答えするし、時にそれが正しい時もある。
フランス人の辞書に段取りや”要領よく”なんて言葉はない。
(いや私がご一緒した方々だけかもしれないけど)
やらなければいけない仕事ができなかったり足りないものがあれば、
その日それを販売しなきゃいい、
今日はこーゆー日だ!で終わり。
それを責め立てるお客さんもいない。
日本とは考えもやり方も生活も時間の使い方も人間関係も全然違った。
人生初の社会人をフランスで(それもこゆ~く)経験してしまった私は、とても動揺していた。
働き始めると、まずは仕事量がとてつもなかった。
私はホテルの中にあるフレンチレストランで勤務したかったが、募集はペストリーキッチンと呼ばれるホテル内のデザート全てを担当する部署だった。
よくわからずに入社したもので(こらこら)
毎日大量に焼かれていく、それはそれは大きなスポンジ生地や
赤ちゃんの沐浴に使えそうな大きなボールで作られるパンナコッタにミルク風呂みたいだなぁと感動したり。
ここで次の職場でお世話になったオクシタニアルの中山シェフに出会うのですが
出会った時から中山シェフだけは一人空気が違いました。
殺伐としたペストリーキッチンで中山シェフだけはいつも楽しそうに仕事をしていて。
私が初めてまともに話しかけられたのは珍しく一番に帰らなかった日の事。
そう、私は下っ端にも関わらず誰よりも早く帰っていたのですよ。
もちろん仕事が終わって終礼もしているし、先輩にやることないですか?お疲れさまでしたも告げている。
だけども、だけども!そうじゃない。本当は
自分{ やることないですか?
先輩{ないよ (あるよ、自主練付き合えよ)
自分{何かやらせてください!
先輩{あぁじゃその型洗ってもらってもいい?
これが正解なのだ。
そんなことを知る由もなく帰宅していた私はその日中山シェフに
お前ってさ、すぐ帰るのいいよねと話しかけられた。
始めは意味が分からなかった。でも中山シェフはこの暗黙の了解が実は苦手だった。(多分)
練習したい奴はすればいいし、帰りたい奴は帰ればいい。
できる環境があるならありがたく挑戦するべきだ、しないなんて勿体ないという考えの人だった。
後から知ったが、中山シェフはこの時すでに日本代表としてお菓子の世界大会クープドモンドに出場していたのだから、説得力ったら半端ない。
そんな世界の中山シェフがいうんだから、間違いない。
よしっ明日からも一番に帰ろう!
とこんな事していたら1か月たっても職場にちっともなじめませんでした。
(そりゃそうだ)
でもほんのちょっとの気づきで私は
富樫(旧制です)がいる日は仕事が早く終わる
と言われる日が来るんだから驚きです。
その変貌については次回。