日本へ本帰国
パリでアリエッティになり損ね、
ゆうたに喧嘩を売ったままコルシカ島に逃走。
広い海と空の下で、オチのある話ができないと泣いては、
SPEEDを聞いて闘志を奮い立たせたコルシカ生活。
私は一体なにをしにフランスに行ったのか、
思い出して書いている限りではちっともその理由はわからない(苦笑)
でも私はフランスでとてつもない忍耐を手に入れたと思う。
一人でさみしくて、とにかく心細くて勇気が出せない事なんて死ぬほどあったけど、でも必ず助けてくれる人がいて、話を聞いてくれる家族と友人のお陰で、2年間という短くてとっても長いフランス生活を乗り切ることができた。
この経験がなければ自分のお店を持つこともなかったのだと思います。
だけど独立までには、帰国後の2つの勤務先での出会いもとっても大きく影響しています。
その一つがまず日本橋にあるホテルでの勤務。
日本での話は正直どこまで話していいのか、前職場から指摘されない程度に。
日本に帰国した私はコルシカ島でのレストラン勤務が忘れられませんでした。
(そう、結構仕事はまじめにしていたんですよ)
デザートのオーダーが掛かった瞬間にそれぞれが自分の最善を尽くして、みんなで一つのデザートを完成させる。それが温かいフォンダンショコラであったり、冷たいアイスであったり作ったその時が消費期限、そんな繊細な一皿を作るメンバーであることがとても幸せで楽しかったのです。出身や言語なんて関係なくて、みんなが一皿のデザートの事しか考えていない、物凄い熱気だったのを覚えています。
あの感動をまた味わいたくて私はホテル勤務を選びました。
転職の総合サイトのようなところに登録し、そこからラグジュアリーホテルだけを選び面接を希望しました。その一社目で合格をもらい結局一社しか受けずに勤務がスタートしました。
あれ?この感じ二度目?
また一つ目で決めちゃった。
そうなのです。私はとんでもないせっかち。いや面倒くさがり屋?
そして都合よく運命を感じる。
ここでの勤務はすべてが衝撃的でした...
仕事の多さ、それをこなす日本人の要領の良さ。
そして有無を言わさない縦社会。
フランスのゆるーい空気とは比べ物にならないくらい。
そう、この時の印象を言葉で表すなら生きるか死ぬか(笑)
それほど緊張感に包まれた職場でした
続きは次回。